紀州梅効能研究会は梅・梅干し・梅リグナンの様々な健康効果を医学的に検証・解明しています。

紀州梅効能研究会

研究成果

病理組織染色標本作製時に流失する染色色素への炭の吸着効果

岸川正剛1) 荻原喜久美1) 納谷裕子1) 宇都宮洋才2)

1) 麻布大学環境保健学部病理学研究室
2) 和歌山県立医科大学中央研究機器施設

要約:
病理組織標本上に付着した染色色素は標本水洗時に離脱し、下水中へ排出されてしまう。そのため、色素を吸着する浄化装置を、各研究室や検査室の排水溝に備える必要がある。
我々は産業廃棄物として処分されている梅の種子から作った梅炭を用い、紀州備長炭および竹炭を比較材料にして色素吸着性について検討を行った。
検討に用いた色素はエオジン黄、トルイジン青およびメチレン青の3種類で、炭の色素吸着性を見るため、濾過液の吸光度を測定した。
その結果、0.001%エオジン黄水溶液では備長炭は吸着効果が強く認められた。また梅炭及び竹炭においても、炭の量を多くすることにより吸着性が増加し、特に梅炭において顕著な吸着効果が認められた。0.001%トルイジン青および0.001%メチレン青水溶液はすべての炭において高度な吸着性が認められた。炭による色素吸着はすべての低濃度色素に対して、梅炭を使用しても紀州備長炭に匹敵する色素吸着効果が認められた。

はじめに

病理組織標本作製時には染色の目的によって、酸性色素、塩基性色素、両性色素、無極性色素の中から選択し、数多くの色素が用いられている。これらの使用済み色素液は本大学病理学研究室では、色素の性質別に区分けしてそれぞれのポリタンクに蓄え、満杯になった時点で、学内で一括し、外部処理業者に委託・処理させているのが現状である。
このようにできる限り、標本作製時における使用済み色素廃液は下水に排出されないように心がけているが、病理組織標本上に付着した微量な色素は標本水洗時に離脱し、そのまま下水中へ排出されてしまう可能性が高い。そのためこれらの微量の色素が排出されても下水中にできる限り、流出しないように、排水溝に排出する手前で色素を吸着、処理するための浄化装置を、各研究室、実習室や検査室に備える必要がある。そのためにはその装置が極めて安価である必要がある。
今回は実際に水の浄化作用に利用されている活性炭に着目し、特に安価な炭を用いることした。そこで梅干しや梅肉エキスなどの梅製品加工の段階で大量に排出される梅の種子は、殆どが産業廃棄物として投棄されるか、焼却処分されていたが、最近、梅の種子を加熱乾留して炭化し、あるいは更に賦活化したものは優れた吸着能を有することが確認されつつある。
そこで我々は従来、産業廃棄物として処分されていた梅の種子から作った梅炭を用い、また高価な紀州備長炭および竹炭を比較材料として炭の色素吸着について検討を行った。

方法

今回用いた色素は、酸性色素であるエオジン黄(MERCK社)、塩基性色素であるトルイジン青(MERCK社)および両性色素であるメチレン青(MERCK社)を検討色素材料とした。これらの色素の吸着実験に用いた炭は梅炭、紀州備長炭、竹炭で、これらの炭はすべて和歌山県南部川村役場より供与されたものを用い、すべて同じ条件で粉末にして実験に用いた。
検討に用いた各種の色素水溶液は、0.01%エオジン黄水溶液、0.002%エオジン黄水溶液、0.001%トルイジン青水溶液および0.001%メチレン青水溶液の4種類を用い、それぞれの色素液100mlを300mlの三角コルベンに用意し、FineのMAGUNETIC STIRRER F-606N上で、これらの染色液を同時に攪拌している中に、粉末状の梅炭、紀州備長炭、竹炭をそれぞれ1g、2g、4gを加え、5分後、10分後、30分後、60分後にそれぞれの材料を2mlずつ採取し、倉敷紡績株式会社の遠心分離方式デイスポーザブル限外濾過器CENTRICUT超ミニ、ポアーサイズ0.45μmを用い、iuchi社製のPasolina遠心機で、5,000rpm、5分の遠心濾過を行った。
これらの濾液はHITACHI社製のSpectrophotometer U-2000を用い、エオジン液は波長490nmで、トルイジン青液およびメチレン青液は波長595nmで、それぞれの濾過液について吸光度を測定した。

結果

実験結果は表1~4及び図1~4に示した。
表1及び図1には、やや濃度の濃い0.01%エオジン黄水溶液の吸光度3.225に対して、1gの炭を添加した実験では、吸光度が、備長炭は5分後に0.990と著明な低下が見られ、30分後にはさらに0.755と低下した。竹炭は60分後に3.194、梅炭は60分後に2.893となり、両者ともほとんど吸着効果は認められなかった。
2gの炭を添加した実験では、特に紀州備長炭は5分後に0.190、30分後に0.198と著明な低下を示した。梅炭は5分後に3.096、10分後に3.087、30分後に3.065、60分後3.000と1g同様、吸着効果があまり認められなかったが、竹炭は10分後に吸光度が2.763、30分後に2.615、60分後に2.470と若干の吸着効果が見られるようになった。
4gの炭を添加した実験では、紀州備長炭は5分後に0.275、30分後に0.248と高度な吸着性が認められた。竹炭は5分後に1.810、10分後に1.702、30分後に1.476、60分後に1.404とさらに吸着効果が認められた。梅炭は5分後に2.886、10分後に2.515、30分後に2.411、60分後に2.176と若干の吸着効果が認められるようになった。

[表1:0.01%エオジン黄水溶液(吸光度3.225)へ添加した炭の濾液吸光度の経時的変化(波長490nm)]

0.01%エオジン黄水溶液(吸光度3.225)へ添加した炭の濾液吸光度の経時的変化(波長490nm)

[図1:0.01%エオジン黄水溶液(吸光度3.225)へ添加した炭の濾液吸光度の経時的変化(波長490nm)]

0.01%エオジン黄水溶液(吸光度3.225)へ添加した炭の濾液吸光度の経時的変化(波長490nm)

次に表2及び図2の低濃度の0.002%エオジン黄水溶液、吸光度0.772を用いた実験では、添加する炭の量を1gおよび4gに限定し、それぞれについて、10分後、30分後、60分後に吸光度を測定した結果、1gの炭を添加した実験では、紀州備長炭は10分後に0.194、30分後に0.098、60分後に0.059と高度な吸着効果が認められた。竹炭は10分後に0.269、30分後に0.251、60分後に0.219と中等度の吸着性が認められた。梅炭は10分後に0.483、30分後に0.348、60分後に0.308と吸光度が半減したが竹炭よりやや吸着性が低度であった。
4gの炭を添加した実験では、紀州備長炭は10分後に0.169、30分後に0.094、60分後に0.088と高度な吸着性を示した。竹炭は10分後に0.183、30分後に0.256、60分後に0.227と2g添加時とほぼ同様の吸着効果であった。梅炭は10分後に0.087、30分後に0.075、60分後に0.047を示し、紀州備長炭とほぼ同様の結果を示した。
予備実験においてトルイジン青およびメチレン青水溶液はエオジン黄水溶液に比べ、すべての炭によって高度な吸着性が認められたので、今回は0.001%のトルイジン青水溶液、吸光度1.390、と0.001%メチレン青水溶液、吸光度1.689を用い、炭による吸着性を検索した。

[表2:0.002%エオジン黄水溶液(吸光度0.772)へ添加した炭の濾液吸光度の経時的変化(波長490nm)]

0.002%エオジン黄水溶液(吸光度0.772)へ添加した炭の濾液吸光度の経時的変化(波長490nm)

[図2:0.002%エオジン黄水溶液(吸光度0.772)へ添加した炭の濾液吸光度の経時的変化(波長490nm)]

0.002%エオジン黄水溶液(吸光度0.772)へ添加した炭の濾液吸光度の経時的変化(波長490nm)

表3及び図3及びの0.001%のトルイジン青水溶液、吸光度1.390を用いた実験では、1gの炭を添加した実験において、吸光度が紀州備長炭は10分後に0.058、30分後に0.030、60分後に0.015となり、竹炭は10分後に0.038、30分後に0.049、梅炭は10分後に0.018、30分後に0.006、60分後に0.053となった。すべての炭において高度な吸着効果が見られた。
4gの炭を添加した実験では、紀州備長炭は10分後に0.115、30分後に0.085、60分後に0.039、竹炭は10分後に0.107、30分後に0.071、60分後に0.081、梅炭は10分後に0.038、30分後に0.031、60分後に0.028となり、1g添加時と同様にいずれの炭も高度な吸着効果を示した。

[表3:0.001%トルイジン青水溶液(吸光度1.390)へ添加した炭の濾液吸光度の経時的変化(波長595nm)]

0.001%トルイジン青水溶液(吸光度1.390)へ添加した炭の濾液吸光度の経時的変化(波長595nm)

[図3:0.001%トルイジン青水溶液(吸光度1.390)へ添加した炭の濾液吸光度の経時的変化(波長595nm)]

0.001%トルイジン青水溶液(吸光度1.390)へ添加した炭の濾液吸光度の経時的変化(波長595nm)

表4及び図4の0.001%メチレン青水溶液、吸光度1.689を用いた実験では、1gの炭を添加した実験において、吸光度が紀州備長炭は10分後に0.026、30分後に0.011、60分後に0.004、竹炭は10分後に0.036、30分後に0.023、60分後に0.032、梅炭は10分後に0.001、30分後に0.011、60分後に0.001といずれも高度な吸着効果が認められた。
4gの炭を添加した実験では、紀州備長炭は10分後に0.062、30分後に0.049、60分後に0.028、竹炭は10分後に0.094、30分後に0.064、60分後に0.073、梅炭は10分後に0.006、30分後に0.008、60分後に0.024となり、いずれにおいても高度な吸着効果が認められた。

[表4:0.001%メチレン青水溶液(吸光度1.689)へ添加した炭の濾液吸光度の経時的変化(波長595)]

0.001%メチレン青水溶液(吸光度1.689)へ添加した炭の濾液吸光度の経時的変化(波長595)

[図4:0.001%メチレン青水溶液(吸光度1.689)へ添加した炭の濾液吸光度の経時的変化(波長595)]

0.001%メチレン青水溶液(吸光度1.689)へ添加した炭の濾液吸光度の経時的変化(波長595)

考察

病理学研究室および病理検査室における廃液処理に関する研究は少なく(文献1・文献4)、特に病理組織標本作製の過程で流れ出る色素に対する処理法についての報告はない。標本作製時における使用済み色素廃液は色素の性質別に区分けしてそれぞれ蓄え、満杯になった時点で一括し、外部処理業者に委託・処理させているので問題はないと思われる。しかし病理組織標本上に付着した微量な染色色素は標本水洗時に離脱し、そのまま下水中へ排出されてしまうため土壌汚染の可能性がある。そこで我々は産業廃棄物として処分されていた梅の種子から作った梅炭を用い、紀州備長炭および竹炭を比較材料にして染色色素の処理効果について検討した。
病理組織染色標本の作製に用いられる水溶性染色色素は水に入れるとイオン化して溶解し、その時に生じるイオンの種類によって酸性色素、塩基性色素、両性色素に分類されている(文献2・文献3・文献5)。今回はそれぞれの色素に当てはまる代表的なエオジン黄、トルイジン青、メチレン青を用い、炭の吸着性について検討した結果、0.01%エオジン黄水溶液では特に紀州備長炭で強い吸着が見られ、2g、4gと炭の量を増すに従い吸着性が増加した。これに対して梅炭では4g添加しても経時的な吸着性は低度で、また竹炭も吸着効果は低度であったが梅炭よりも多少の吸着効果が認められた。さらに濃度を低くした0.001%エオジン黄水溶液では備長炭はさらに吸着効果の増加が認められた。
また梅炭及び竹炭においても、4gと炭の量を多くすることにより、吸着性が増加し、特に梅炭において顕著な吸着効果が認められた。0.001%トルイジン青水溶液は梅炭、竹炭、紀州備長炭との間に炭の量及び経時的にも差は認められず、いずれも高度な吸着効果が認められた。0.001%メチレン青水溶液はトルイジン青水溶液と同様に梅炭、竹炭、紀州備長炭との間に差異は認められず、高度な吸着効果が認められた。
梅炭における色素の吸着性は、酸性色素であるエオジン黄水溶液に対しては多少劣る傾向が認められたが、塩基性色素であるトルイジン青水溶液や両性色素であるメチレン青水溶液に対して強い吸着効果が認められた。
以上の結果から、高価な竹炭及び紀州備長炭を用いるよりも、梅製品加工の段階で処理に困っている大量の梅の種で炭を作り、これらを用いた色素除去装置で、病理組織標本作製中に生じる廃液中の微量な色素を除去することができれば、環境汚染対策の解消と経済的な効果が期待できることが分かった。

結語

病理組織標本作製時の水洗中に微量に排出される染色色素の除去を目的に梅炭、竹炭、備長炭の粉末による色素吸着性についての検討を行った。その結果、0.01%エオジン黄水溶液では特に紀州備長炭で強い吸着が見られ、2g、4gと炭の量を増すに従い吸着性が増加した。これに対して梅炭では4g添加しても経時的な吸着性は低度で、また竹炭も吸着効果は低度であったが梅炭よりも多少の吸着効果が認められた。0.001%エオジン黄水溶液では備長炭はさらに吸着効果の増加が認められた。また梅炭及び竹炭においても、4gと炭の量を多くすることにより、吸着性が増加し、特に梅炭において顕著な吸着効果が認められた。
0.001%トルイジン青および0.001%メチレン青水溶液はすべての炭において高度な吸着性が認められた。炭による色素吸着はすべての低濃度色素に対して、梅炭を使用しても紀州備長炭に匹敵する色素吸着効果が認められた。

参考文献:

  1. 市川つわ:病理検査室における廃液処理の現状,病理技術 48:13-16,1993
  2. 藤田寿男,藤田恒夫:染色法,標準組織学総論,第2版.5-8,医学書院,1984
  3. 丸山隆,中田穂出美:病理組織学的検査法,病理学/病理検査学,第1版.272-274,医歯薬出版株式会社,東京,2002
  4. 西川哲穂ほか:細胞診染色時に生じる有機溶媒溶液の再生,吸着剤を用いたエタノール廃液のリサイクルシステムについて-脱色,脱水再生法と純度(劣化度)簡易検定法- 日本臨床細胞学会近畿連合会会誌,7:38,1999
  5. 高木實:染色法一般論,よくわかる病理組織細胞学,第1版.240-241,金原出版株式会社,東京,2004
参加企業

和歌山県産農産物の機能性を医学的、科学的に解明することを目的とした機能性医薬食品探索講座は、梅加工会社の寄付により大阪河﨑リハビリテーション大学内に設置運営されています。

梅干博士

宇都宮 洋才(うつのみや ひろとし)
医学博士。専門は病理学。言い伝えの域をでなかった梅干しの効能を国内外の共同研究によって医学的に解き明かす。梅干博士として知られ、マスコミや講演でも活躍。2022年4月より、大阪河﨑リハビリテーション大学 機能性医薬食品探索講座 教授。

メディア紹介
  • あさイチ(NHK総合テレビ)
  • Rの法則(NHK Eテレ)
  • ためしてガッテン(NHK総合テレビ)
  • 林修の今でしょ!講座(テレビ朝日)
  • 主治医のみつかる診療所(テレビ東京)
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