実験的潰瘍性大腸炎に対する梅肉エキスの医学的効果
岸川正剛1) 荻原喜久美1) 納谷裕子1) 横瀬久美1)
宇都宮洋才2) 稲田健一4) 我藤伸樹2),3),5) 宮嶋正康6) 卯辰寿男7)
1) 麻布大学環境保健学部病理学研究室
2) 和歌山県立医科大学中央研究機器施設
3) 富士食研(株)食品科学研究所
4) 藤田衛生学園大学医学部病理
5) 和歌山県立医科大学第二病理
6) 和歌山県立医科大学実験施設
7) 南部川村うめ21研究センター
要約:
梅肉エキスの潰瘍性大腸炎に対する予防及び治癒の医学的効果を研究するため、ラットに5%デキストラン硫酸ナトリウムを投与し、潰瘍性大腸炎を形成させ、その前後に、4%梅肉エキスを経口投与し病理学的検索を行った。その結果、特に盲腸、結腸及び直腸の潰瘍が軽減された。特に病理組織学的観察から、粘膜上皮の再生像、粘膜固有層内の線維化及び粘膜固有層内浮腫の改善が認められた。これらの所見から炎症反応に対する抑制作用を有する有効物質が梅肉エキスの成分中に存在することが示唆された。
はじめに
梅干しを代表とする梅加工食品は古くから日本では健康食品として食され、制菌、解毒、整腸などの作用があることが言い伝えられてきた。最近では海外での日本食に対する健康食品としての評価の高まりとともに、梅加工食品の消費が海外においても広がりつつある。日本人は昔から、主食として米食をしてきた影響で、慢性胃炎や胃潰瘍が多く、これらの疾患に対しても梅の効能が語り継がれていた。しかしながら、梅加工食品の胃腸疾患に対する有効性やその科学的根拠を立証する報告は非常に少なかったが、我々はラットにアルコール性胃潰瘍を形成させ、梅肉エキスの効果について研究した結果、医学的効果が認められたことをこれまで報告した。そこで今回、潰瘍性大腸炎に対して梅肉エキスが医学的効果を示すのかどうかを検討するために、ラットに実験的潰瘍性大腸炎を作成し、ヒトが通常摂取する1日3g相当量の梅肉エキス(株式会社、西山)を毎日、4%梅肉エキス水溶液1mlを胃に直接、経口カテーテルで強制投与し、潰瘍性大腸炎への予防及び治癒効果を病理学的に検討した。
材料と方法
実験には体重約130gの5週令雄SD系ラット(日本エスエルシー株式会社)を用いた。潰瘍性大腸炎の作成には、ICN,Biomedicals社のデキストラン硫酸ナトリウム(以下DSSと略記)を用いた。梅肉エキスは南部川村役場より供与されたものを4%水溶液として用いた。実験は、図1に示すように、5%DSS水溶液を10日間毎日自由摂取させた群(A群)5匹、5%DSSを自由摂取させ、4%梅肉エキスを強制投与した群(B群)6匹、蒸留水を自由摂取させ、4%梅肉エキスを強制投与した群(C群)5匹、蒸留水のみを自由摂取した群(D群)5匹の4群とし、計21匹を用いた。各群に対して、毎日体重測定を行い、さらに便の性状についても観察を行った。実験は10日間行い、実験終了と同時にエーテル麻酔下で腹部大動脈より採血し、エルマ社製のPC-608型の自動計数器を用い、赤血球数、ヘモグロビン量、ヘマトクリット値、白血球数、血小板数などの一般血液検査を行うとともに、血液塗末標本を作製後、May-Grunwald-Giemsa二重染色を施し、白血球像の観察を行い、さらに生化学的検査も同時に実施した。剖検後、すべての臓器は病理組織標本作製のため、20%中性緩衝ホルマリン液に充分に固定後、常法に従い、パラフィン切片を作製し、ヘマトキシリン・エオジン染色を行った。
[図1:実験方法]
成績
1)体重の変化
図2に示すように、DSS投与群(A群)及び4%DSS+4%梅肉エキス投与群(B群)は、4%梅肉エキス投与群(C群)と蒸留水投与群(D群)に比べ、著明な体重の減少が認められた。特にB群はA群よりやや低く推移していたが、10日目にA群より高く推移した。またC群とD群では6日目までは同じ様な体重増加の推移が見られたが、7日以降D群が高く推移する傾向を示した。
[図2:各実験群の体重の推移]
2)血液学的所見
表1に示すように、赤血球数及び血小板数では各群との間に差異は認められなかったが、白血球数ではA群とB群において増加が認められた。その他の検査値には各群とも差異は認められなかった。
[表1:各実験群における血液学的所見]
3)病理学的観察
大腸の肉眼的所見:
A群では、5例中4例(80%)に軽度から中等度の出血が認められた(写真1)。B群では5例中2例(40%)に中等度から高度の出血が認められた(写真2)。
[写真1:A群(上5例)の結腸(左)及び直腸(右)の肉眼所見]
[写真2:B群(下5例)の結腸(左)及び直腸(右)の肉眼所見]
C群およびD群ではいずれも出血は認められなかった(写真3・写真4)。
[写真3:C群(左3例)の結腸(左)及び直腸(右)の肉眼所見]
[写真4:D群(右2例)の結腸(左)及び直腸(右)の肉眼所見]
大腸の病理組織学的所見:
(1)盲腸
A群では全例において、粘膜下組織に高度な出血及び浮腫が認められ、同時に広範囲に渡り、粘膜上皮の脱落、びらん及び粘膜壊死を伴った潰瘍形成が認められた。
B群では、一部に粘膜内出血、びらん及び潰瘍形成が認められたが、いずれも中等度であった。また、潰瘍が存在した粘膜固有層において線維化を認め、粘膜上皮の再生が認められた。
C群及びD群には異常所見は認められなかった。
(2)結腸及び直腸
A群では全例において、広範な粘膜のびらん、粘膜内出血、粘膜下組織の浮腫、肉芽形成及び潰瘍形成が認められた。特に盲腸に近い結腸の部位と肛門に近い直腸部に中等度から高度の病変が認められた。
B群では、出血は結腸下部で軽度、認められたが、結腸上部及び直腸では認められなかった。しかし、浮腫及び潰瘍は結腸下部及び直腸に軽度から中等度の病変が認められた。また、直腸の一部に粘膜上皮の再生像と粘膜固有層内の線維化、腸内腔への壊死部の剥離や粘膜部のポリープ状増殖が認められた。
C群及びD群は、結腸及び直腸はいずれも異常所見が認められなかった。
[写真5:A群の大腸の組織学的所見]
[写真6:B群の大腸の組織学的所見]
[写真7:C群及びD群の大腸の組織学的所見]
[各実験群の病理組織学的所見]
考察
梅肉エキスの医学的効果の研究は、梅肉エキス成分であるクエン酸に起因する抗菌作用が能勢らによって報告されている(文献3)。
また最近Chuda Yら(文献1)は梅肉エキスが血液の流動性を促進することを報告し、さらに梅加工中の新しい生理物質であるムメフラールが関与していることを報告している。
宇都宮ら(文献4)はこの新規物質ムメフラールの血管病変に対する作用機序を解明するため培養ラット大動脈血管平滑筋細胞を用い、アンジオテンシンⅡ(AⅡ)による上皮増殖因子(EGF)の活性化とextracellular signal-regulated protein kinase(ERK)の活性化を抑制することを明らかにし、梅肉エキス中のムメフラールがこれらのAⅡの細胞内情報伝達を抑制することで、高血圧や動脈硬化に伴う血管病変を改善する可能性を示唆している。最近、我々はアルコール性胃潰瘍に対しても、梅肉エキスの予防及び治癒効果があることをラットの実験から明らかにした。
また我々は1型糖尿病モデルラットを用い、梅肉エキスが血中の中性脂肪および血糖値を降下させる働きがあることを明らかにした。特に肝臓所見において、脂肪肝が改善されることを報告した。
今回は、デキストラン硫酸ナトリウムを用いてラットの実験的潰瘍大腸炎を作成し、梅肉エキスの抗炎症効果について検討した結果、盲腸及び直腸部の潰瘍が軽減された。特に病理組織学的観察から、粘膜上皮の再生像、粘膜固有層内の線維化及び粘膜固有層内浮腫の改善が認められた。
これらの所見から炎症反応に対する抑制作用を有する有効物質が梅肉エキスの成分中に存在することが示唆された。今後はさらに、梅肉エキス中の抗炎症作用物質を突き止め、その薬効効果の解明により、これらの潰瘍性大腸炎への抑制効果を発揮する新しい治療法の開発が期待される。
参考文献:
- Chuda,Y.H.,Ono,M., Ohnishi-Kameyama,K. et al.1999, Mumefural citric acid derivative improving blood fluidity from concentrate of Japanese apricot (Prunus mume Sieb. Et Zucc). J. Agric. Food Chem. 47:828-831.
- 川俣順一、松下宏編集、1979,疾患モデル動物ハンドブック,255-258,医歯薬出版, 東京
- 能勢征子,平田一郎,新井輝義,西島基弘,坂井千三,宮崎利夫、1988,食衛誌,29、402
- 岸川正剛,荻原喜久美,納谷裕子,田中優子,西谷朋子,宇都宮洋才,我藤伸樹,宮嶋正康,卯辰寿男,2002,梅肉エキスによる胃潰瘍への抑制効果-実験病理学的検討-,環境と病気,11:19-26.
- 岸川正剛,荻原喜久美,納谷裕子,山口恵子,我藤伸樹,宮嶋正康,卯辰寿男,宇都宮洋才,2003,梅肉エキスの糖尿病ラットに対する医学的効果-実験病理学的検討-,環境と病気,12:7-13.
- 宇都宮洋才、江口暁、我藤伸樹、井畑考敏、宮嶋正康、卯辰寿男, 2001, 梅肉エキスによるアンジオテンシンⅡの細胞内情報伝達の抑制効果―培養血管平滑筋細胞における検討―.環境と病気 10:17-21.